庄内ボーイズ・活動日誌

山形県庄内地域で活動する野球チーム『庄内ボーイズ』の活動内容です

高校時代と今の投球動作との違いに思う

                              高校時代と今の投球動作に違い

                                                                 ―前田健太投手のYouTubeよりー

 

 前田健太投手(広島―ドジャースーツインズ)はPL学園時代、桑田二世と言われた逸材で、2006年高校ドラフト1位で広島カープに入団した。2016年よりMLBドジャース入り、2021年トミー・ジョン手術を受け、昨年のリハビリを経て2023年ツインズで復活を果たしている。ちなみに桑田真澄投手も1995年にトミー・ジョン手術を受けている。

 前田健太投手のYouTubeを観た。彼は自身で身振り手振り「高校時代」と「メジャーリーガーの現在」の投げ方の違いを大きく分けて3つに絞って解説している。

 3つの違いを前田投手の言葉と私見を交え、まとめてみた。

 

【その1】左手の位置(前田投手は右投げであるからグラブを持つ手ということ)

 前田投手談:高校時代は左手を斜め上にまっすぐに腕を伸ばし高い位置にあった。しかし今は低い。これはマウンドの傾斜をうまく利用するためである。

私見1:(右投げの場合)左手グラブを斜め上にしかも肘をまっすぐに伸ばした動作では右肩が下がり、同時に後ろ脚(右脚)も折れてしまうことが考えられる。この動作は基本的に上にボールを投げる動作になり、「低目に投げる」という投球とは相いれない動作になる。

 少年野球で指導者が「全力で投げろ」「一生懸命投げろ」と叱咤するとこれと同じような間違った投げ方になるので注意したい。前田投手の言うようにマウンドの傾斜をうまく利用してボールに強い力を加える指導をしたい。

 

【その2】右ひざ(右投げであるから後ろ脚のこと)の使い方

 前田投手談:高校時代は右ひざにマウンドの土がつくくらい折っていた。しかしこれは昔の教えで間違いである。右脚(右投げの後ろ脚)を折ってはいけない。折らずに投げた方が上から振り下ろせるし、下半身の力を使える。土がつくのは昔の話である。

私見2―

「真上(または真下)に投げる動作をしてみてください」その時の後ろ脚(右投げは右脚)の折れ方の違いを感じてください。真上に投げようとすると後ろ脚は折れます。真下に投げようとすると後ろ脚は折れません。投手は低めに投げたいのですからおのずと後ろ脚の使い方は決まってきます。後ろ脚は折らないことです。これではロボット(後ろ脚の突っ立った状態)のようで投げられない、と思われます。後ろ脚を折って「反動」を使って投げた方が強いボールが投げられるのではないかと思われます。違うのです。野球の動作はすべて「反動」を使ってはいけないのです。ならばどうするか。野球動作の基本は体の「捻り(ひねり)」を使うのです。一見ロボットのように見えても体の捻りを使うことによって強いボール、しかも低めに投げることができます。後ろひざ(右投げの右ひざ)はゆったりと余裕を持って投球動作に入ることです。ひざに土がつくのは昔の話、と断罪している前田投手の話を忘れないで下さい。

 

【その3】投球時の歩幅(ステップ幅)

 前田投手は184センチ 足26.5センチであるといいます。現在の投球時の歩幅は6歩半。高校時代はというと8歩、つまり約30センチ以上広かったそうです。

 前田投手談:歩幅が広すぎると力が伝わらないし、左ひざ(右投げ)が固定できない。歩幅が広いと前脚(左脚)が耐えられない。左ひざは上からくる力を止めないといけない。歩幅は小さくして上半身の力を目いっぱい使う。これによってコントロールもつくし、スピードも出る。

私見3-

 以前は外国人投手と日本人投手の投げ方の違いを外国人は上半身だけで投げている。つまり「手投げ」であると非難した。日本人の方が下半身を使って体全体で投げているから理にかなっているとした。だから「走れ!走れ!!」が奨励されたように思う。

 しかし、今となって理にかなっている投げ方は外国人投手にあるようだ。

 

 前田投手のYouTubeを観て「アノPL学園でも」こんな指導がまかり通っていたのか、と思った。科学的根拠のないまま日本の野球少年は素質だけに恵まれた一部の選手(プロ野球選手)の模倣による指導が実態のようだ。

 日本にはまだまだ多くの野球少年がいる。少年にふさわしい指導を模索したい。野球は楽しいスポーツである。皆がプロ野球選手になれるものではない。

                          2023.8.12 By佐藤繁信

聴く力を磨こう

        聴く力を磨く

 

 宗教二世の問題が取りざたされている。周囲の無理解に失望しているという。ある二世が大学の時に初めてスクールカウンセラーに相談したところ「あなたは自分の人生を生きなさい」とアドバイスを受けたという。その言葉に何の疑問も持たずに軽々にうなずく自分がいた。ところがこの人はあまりに簡単な正論を返され、「わかってもらえないことがわかった」と感じたという。

 「やめられるならとっくに・・・。」

 正論を羅列し、振りかざし酔いしれた昔の自分の姿が重なり赤面する。

 指導した選手が進路先でつまずいたと聞いた。あまりに理不尽なその理由に愕然とし、話を聞くことにした。しかし私の口から出る言葉は「ここでやめたら後悔する」「もう一度頑張ってみろ」「時間が解決してくれるよ」等々とてもその道の先達といえる言葉とは思えないものだった。常識的な言葉や正論ほど力の及ばないものはない。復帰を説得する術を持たない安易な自分を恥じた。 

 人間は深慮を重ね多くの苦難を乗り越えていく。時に有用なアドバイスもあることだろう。しかしもっとも大切なことは相手の気持ちを「聴いてやる」ことだと今更気が付く。

 本当に親身になって聴いてやれば、相手は話すことによって今まで気が付かなかった自分を見つけ出すかもしれない。真情を吐露することによって違った考えを巡らすかもしれない。

 本人の苦しみを本当に理解することはできない。安易なアドバイスは逆に相手を苦しめるだけのようだ。

 指導者と選手、大人だろうと子どもだろうと変わりはない。直立不動、大声で発する「はい」の返答に自己陶酔する指導者ではいけない。これからの指導者は子どもたちの「言葉」を引き出し、その「言葉」にじっと耳を傾けるような関係でなければならない。

 じっくりと本人の話を聴いてやることこそが真のアドバイスのような気がする。今更ながら「聴く力」を養う心がけをしたい。

                           2023.7.7佐藤 繁信

寛容であれ

           寛容の精神こそ

 

 スリーボールツーストライクからの6球目アウトコーススライダーに大谷翔平投手の僚友トラウト選手のバットは空を切った。WBC侍ジャパンは3大会ぶり3度目の世界制覇を成し遂げた。

 その瞬間大谷投手は自らの帽子をそしてグラブまでもフロリダの空に投げ上げていた。 

 大谷投手がグラブを投げた瞬間、私の脳裏に浮かんだのは防衛大学校の卒業式の光景である。防衛大学校の卒業式では厳粛な一連の行事が終了した瞬間、卒業生が帽子を空高く投げ上げ、パイプ椅子を蹴散らし講堂を走り去るというあの恒例のニュースの1シーンである。

  「野球道具は大切に扱いなさい」は少年野球の指導者の常套句である。その大切な野球道具を帽子はまだしもグラブまでも放り投げた大谷翔平投手の行為に頭を抱えた指導者は少なくないはずである。

 防衛大学校の卒業式を見て果たしてこうした若者に日本の防衛を託していいものかと一瞬疑念がよぎる人もいるだろう。

 彼らは厳しい制約と抑圧、想像を超えるような試練から解放された歓喜の瞬間を素直に表現しているのだろう。今までの人生で味わったことのない最高の感情表現がどのような形であろうと我々には止める権利はない。

 少年野球の大会で優勝の瞬間、子どもたが一斉にグラブを投げ上げたり、本塁打を確信した選手がバットを放り投げたら(本塁打した大谷選手のしぐさは「バットフリップ」と言われ称賛されている)指導者はどのように対応するだろう。「大谷選手がやったからOK」だろうか。(そんな声を聞いたことがある)

 人生の試練を乗り越えるためのモラトリアムとして厳しい指導が必要との考えもある。 

 スポーツの世界もルールやマナーなどは時代の変化とともに変わっていくものである。そんな多様化した現代社会に求められる理想の指導者とは「寛容」の精神をもって対応できる人物だろう。 

                           2023.6.15 佐藤繁信

 

 *余談になるがトラウト選手に投じた最後の一球はこの時は「スライダー」と表現されている。その後MLBでは従来のスライダーより水平方向の動きが大きいボールを「スィーパー」と呼び、「スライダー」とは別の表記になった。あの時はスライダーだったが今となってはスィーパーであったのだろうか。